デボーション

2007年10月11日 (木)

I will run to you not by might!

最近 Hillsong が好きで、車を運転しながら聞いています。一昨日 I will run to you という歌にとても触れられて、インターネットより歌詞を入手しました。

Not by might not by power but by the Spirit of God. --- 権勢によらず、能力によらず、神の霊によって

I will run the race till I see your face. --- 私が主とお会いするまで、このレースを走り続けます。

に触れられたのです。どんな困難があってもすべて主の訓練として受けとめ、主にお会いするときに義と認められるために走り続けるのです。でも、自分の能力によらず、ただ主の導き、聖霊に寄り頼んで・・・・・まだまだ不完全ですから走り続けなければいけません。でも主が共にいらっしゃるので心強いです!

昨日セルで学んだゼカリヤ書4:6が引用されていたとは思いもよりませんでした~

Hillsongこちらで聴いてみてください!

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2007年9月 6日 (木)

砕けた魂~デボーション

「レハベアムがへりくだったので主の怒りは彼を離れ、彼をことごとく滅ぼそうとはされなかった。またユダの事情もよくなった」。(歴代志下 12:12)

ソロモンが死んでイスラエルは2つに分裂した。ソロモンの子レハベアムとソロモンの家来ヤロブアムがそれぞれ王国を作った。レハベアムは国が強くなるにつれ、主のおきてを捨て、神を忘れてしまった。そこで危機に直面する。エジプトの王シシャクの攻撃である。預言者を通し「あなたがたを捨ててシシャクにわたした」。それを聞いた司たち、王は「主のなさることは正しい」と自らの罪を認めた。

☆学んだこと☆

どんな状況にあっても主を恐れること、信仰を持ち続けることが一番だが、人間は不完全なので、状況に左右されやすい。不信仰に陥ることもれば、神を忘れることもある。神様はそれをもご存じである。弱さもご存じである。しかし、それで終わりではなく、自らの弱さ、罪を認め主に悔いあらためることこそ必要だと思う。こんな私でも主は愛してくださっている・・・と涙をもって日々感激しているだろうか?
「あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげてもあなたは喜ばれないでしょう。神のうけいれられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません」。(詩篇51:16、17)

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2007年8月 9日 (木)

不完全さを認める~デボーション

主が油を注がれた者に向かって、わたしが手をのべることを主は禁じられる。(サムエル記上 26:11)
執拗にダビデを追い回し殺害しようとしていたサウル。しかしダビデは憎しみ、憤りの言葉は口にしなかった。

①イエスさまも「ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた」。(1ペテロ2:23)人からの迫害、ののしりられることがあってもいつも平安でいたい。

②他人と神さまの関係に割り込むことはできない。ときに、簡単に人を批判し、断罪しやすい。完璧な人間などいない。自分の不完全さをまず認め、他人の不完全さを受け入れる柔軟な姿勢を持ちたい。裁きをおこなうのは主だけである。

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2007年8月 6日 (月)

神の愚かさこそ救い~デボーション

その足元にひれ伏して言った。「わが君よ、わたしのとがをわたしだけに負わせてください。しかしどうぞ、はしために、あなたの耳に語ることを許し、はしための言葉をお聞きください。(サムエル記上 25:24)

ナバルがダビデの恩に仇をかえしたとき、妻のアビガイルが速やかに謝罪した記事。

このとがを私だけに負わせてください、というアビガイルの行為はイエスさまの十字架の贖いに似ていると思った。人間の知恵は自分の罪を認めず、他人のせいにし、自分を正当化しようとする。主はわたしたちの罪をイエスさまの十字架を通して連帯してくださった。

神の愚かさはひとよりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。(1コリント 1:25)

①神の愚かさ(人間的に見ると敗北であり愚かしいと思われること)こそ私達への愛情であり、救いである。無駄と思われる伝道、奉仕も自身の訓練と受け止め喜びをもって神との関わりを深めていきたい。

②アビガイルの”人を見る目”を養いたい。それは外見、肩書き、人の評価ではなく、いかにその人物が神との関わりを持って生きているか~に注目する賢さだと思う。ナバルはその点では盲目であった。ナバルはそののち神から命を取られ、アビガイルはダビデの妃となった。

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