« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月22日 (日)

イスラエルを過ぎ越された主

20120722s今日もモーセの話です。その頃、イスラエルはエジプトの国で奴隷として働いていました。奴隷ってわかるかな?給料なしで鞭で打たれて働かされることです。(※日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 教会教育部のイラストを引用しています。)

モーセはイスラエル人を悪いエジプトの王様から解放するために神様に選ばれたんだ。神様はエジプトの王様に対抗するために多くの災いをエジプトの地に与えました。カエル、ブヨ、アブ、家畜の疫病などなど。でもエジプトの王様に全く効果がありませんでした。

そこでエジプトの王様に対抗するための最終命令がモーセに下ったんだ。それは・・・
真夜中ごろ、天使たちによってエジプトの国のうちのういごは、みな死ぬであろう。(出エジプト11:4)
というもの。昔から長男は家を継ぐ者として大事にされてきました。この長男が殺されるとは家の呪いを意味したんだ。神様がエジプトの国にされたのは、このことでした。

でも神様は助かる唯一の方法も教えて下さった。それは・・・
小羊の血をとり、家の入口の二つの柱と、かもいにそれをぬらなければならない。(出エジプト12:7)
20120722h小羊の血を柱と鴨居に塗ること。これだけです。柱は縦の棒、鴨居は横の棒です。柱と鴨居に血を描くとちょうど真っ赤な十字架になる事に気づいたかな。
つまり家に十字架を描くことが命が助かる条件だったんだ。
そして、これは昔の話でなくて、今も変わらない。

あなたがたは神の宮であって、神の霊がやどっていることを知らないのか。(コリント書上3:16)
君たちひとりひとりは家なんだ。でもそれを神の宮、神の家にすることもできるし、滅びの家にすることもできる。神の霊が宿り、神の家にするには、心の中にイエス様を迎え入れるだけでいいんだ。反対に小羊の血を家に塗らなければ、言い換えればイエス様を心に迎え入れなければ滅びが待っているんだ。

20120722h1もう一つだけ考えて欲しい。この過越の記事には、小羊の血を塗る柱は2本と書いてあるね。柱が2本あれば、十字架も2本描かなければいけないよね。
1本はイエス様の十字架。これはわかる。でももう1本は何だろう。ヒントになる御言葉がある。
だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。(マタイ16:24)
イエス様の十字架のほかに自分の十字架がある。その2つを体験して初めて本当の救いが君たちのところに来るんだ。
20120722c君の十字架は何か?それを決めるのはイエス様。文句はイエス様にしか言えない。ただイエス様にすべてをゆだねて生きていこう!(※日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 教会教育部のイラストを引用しています。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 1日 (日)

モーセ誕生!

20120701m1今日のお話は桃太郎です。

昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ柴刈りにおばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。
20120701m2おばあさんが桃を取り上げて見ると桃から赤ちゃんが出てきました。

実は聖書にも似たような話があります。
といっても桃太郎の話よりも聖書のほうがずっとずっと古いので、桃太郎の話を参考に聖書が書かれたのでなくて、聖書の話を参考に桃太郎の話が書かれているのかも知れません。

また、桃太郎の話は実際にあった話ではありません。空想のお話です。
しかしこれからお話しする聖書の話は実際にあった話なのです。

20120701w昔々あるところに、王様の娘がエジプトのナイル川に水浴びに来ました。
昔々と言っても、桃太郎の話と違って、いつ頃かも分かっています。今から3500年ほど前のことです。
とにかく、ナイル川に水浴びに来ると、どんぶらこ、どんぶらこと箱が流れてきました。
20120701b2王様の娘が取り上げて見ると箱の中から赤ちゃんが出てきました。

この赤ちゃんがモーセという人なんだ。

モーセというと、みんな誰だろうと思うかも知れないけど、モーセはイスラエルの人たちにとっては神様の次に偉い人なんだ。

クリスチャンにとってスーパーヒーローはイエス様だけど、イスラエルの人たちにとってはモーセがスーパーヒーローなんだ。

話を元に戻そう。

みんな、想像してみてください。赤ちゃんの入った箱が川を流れていたらどう思いますか?
あり得ない!ことではないですか?
なぜ赤ちゃんが箱に入って川下りをしていたか?
それはこのような法律ができたからです。
その法律とは・・・

イスラエルの男の子が生まれたら川になげてころしなさい!

です。

実は川に流したのはモーセのお母さん。
自分の赤ちゃんを殺すことはできず、考えた末に箱に入れて川に流すことを思いついたのです。
誰か親切な人が拾ってくれたらと思ったのです。

そして、その時、偶然にも王様の娘が水浴びに来たのです。
そして、偶然にもその娘はお父さんの王様と違って、優しい女性でした。

これらの偶然が重なって、この赤ちゃんは王様の娘の子、すなわち王様の孫として育てられるのです。

さて、僕は今「偶然」という言葉を使ったけれど、実はこれは偶然ではありません。
すべて、この世の中のことで神様の支配にないことはひとつもありません。
偶然と思われることも、実は神様がすべて管理して、支配しておられるのです。

モーセのお母さんはこの時、行き詰まっていました。
「神様、あなたが生きているのなら、どうしてわたしの赤ちゃんを殺すのですか?」

ぼくたちの人生にも実はこのモーセのお母さんのように、絶体絶命な瞬間がいくつも起きてきます。すべての計画や作戦が目茶苦茶になってつぶれてしまうときがいくつも起きてくるのです。

でもそんなときこそ、静かにイエス様にお祈りして下さい。
世の中の人たちが「偶然」として片付ける方法で次々と道が開かれるのです。
いつもイエス様に期待しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »