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2009年6月28日 (日)

主に不可能なことがあろうか~6/28日曜礼拝

今日は日曜礼拝。幸田バプテスト教会(幸田町菱池錦田73-1 電話0564-62-3403)にて礼拝を守りました。

メッセージは今井勝利牧師が取り次がれました。テーマは主に不可能なことがあろうか。聖句は創世記18章から。

アブラハムは75歳の時に「あなたを大いなる国民にする」との約束をいただいていました。しかし、それから1年が過ぎ、2年が過ぎ、20年が過ぎ、24年が過ぎました。何も状況は変わっていない。変わったのは彼らが年老いただけでした。

主の使いがアブラハムとサラのところに訪れ、ふたりの間に子ができると伝えたとき、サラは思わず笑った。「わたしにはできない。あり得ない」と。しかし主にはできないことはひとつもないのです。

今日は3つの点から主がどんなお方であるか学びましょう。

1つめ。主は必ず約束を守られるお方です。

主にとって不可能なことがありましょうか。・・そのときサラには男の子が生れているでしょう」。(創18:14)

神さまはサラを通して約束を実現させるとおっしゃっていました。にもかかわらずアブラハムたちは自分で何とかしなければいけないと考えました。そのため、女奴隷であるハガルを通してイシマエルを得ました。

しかし神さまは不可能に見えるサラを通して実現させることを望まれたのです。天地を創造され、ノアの時に洪水を来たらせ、人類の言語を混乱させた主。主は死んだ胎を通して、人間の眼にはできないことを約束されたのです。

過越の時を思い出してください。小羊の血を門柱と鴨居に塗れと命じられたとき、エジプト人は笑ったことでしょう。

マリアの受胎についても同じことです。多くの人は主のなされる御業を笑います。

しかしわたしたちは信仰を持って不可能なことでも可能になると信じるのです。

2つめ。主は時を支配なさるお方です。

来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。(創18:14)

来年の今頃、男の子が生まれるとおっしゃいました。その通りに実現しました。ユダ王国がバビロン捕囚になったとき、エレミヤを通して70年の時が定められました。そしてそのタイミングでユダは再び戻ってきました。

また定めの時が来て御子イエスは生まれられました。

そして主が再び来られるときも、父なる神のみが知っておられますが、時を定めておられます。

勘違いをしてはいけないのは、わたしたちが望むタイミングと神さまのタイミングとは異なるということです。主は最もよいときにその実現をしてくださるお方です。

ただし聖書の歴史を日本の歴史に適用したり、自分の未来予測にしたりするのは危険です。戦後70年経ったら、日本にリバイバルが起こるとか、ここに書いてあるように1年後にわたしたち夫婦にも子供が生まれるとか、それらは聖書の誤った適用といえるでしょう。

わたしたちは主の訪れを無理矢理予想するのではなく、いつ神さまが御業を行われてもいいように準備しておくことが大事なのです。

約束がいつ成就しても恥じない信仰生活を歩みたいものです。

3つめ。主は人の心を見られるお方です。

サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた、「いや、あなたは笑いました」。(創18:15)

神さまはサラのことをよくご存じでした。サラは笑ったが主に指摘されて悔い改めたことでしょう。神さまは心の中もすべてご存じなのです。

イエスの母マリアはこれに対して「主のお言葉がなりますように」と応えました。

サラも最初は主の言葉を信じてウルの地を出たことでしょう。しかし時間が経つにつれて神さまの約束を笑うようになってしまったのです。

神さまは時を支配し、わたしたちの心をご覧になっておられます。神さまはすばらしい約束を与えてくださいます。イサクとは日本に訳せば「笑い」です。本当の喜びを与えてくださる主に感謝しましょう。

このような内容でした~

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