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2008年1月 6日 (日)

感謝をささげる~1/6聖日礼拝

メッセージは東名古屋キリスト教会小池冨雄先生から。テーマは感謝をささげるです。

聖句は第1テサロニケ5章16節から18節

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。(16~18節)

この箇所はパウロの要点ともいえる聖句です。

第1のポイント。パウロは「すべてのことに感謝しなさい」と書いています。リビングバイブルには「どんなことがあっても感謝を忘れないようにしなさい」と訳されています。

今年も困難な将来が予想されます。感謝の少ない時代です。しかしパウロの時代も決してうまくいっていたわけではありません。

感謝とは「神さまの祝福に対しての特別な御礼」とも訳せます。賛美歌を歌う、聖歌を歌う、ワーシップをする。それらも「神さまがどのようなお方であるか」に焦点を合わせて歌うことなしには意味がありません。

パウロの手紙は神への感謝の念で満ちています。

彼に根ざし、彼にあって建てられ、そして教えられたように、信仰が確立されて、あふれるばかり感謝しなさい。(コロ2:7)

ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。(ピリ4:6)

第2のポイント。感謝を口で言いあらわすことです。ヨハネ11章には有名なラザロの復活の話が出ています。

イエスは目を天にむけて言われた、「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。(41節)

イエスさまはラザロの死ということに直面されて感謝をされました。

わたしの知り合いのある牧師は18歳の息子をガンで失っています。息を引き取ってからすぐには告別式をせずに3日間待ちました。主が息子さんに何かをしてくださると思ったかも知れません。

息子さんは闘病生活の間、多くの友人を救いに導き、告別式には多くの若者であふれたとのことです。そしてその牧師は教会のひとつもない町で開拓伝道をする使命を与えられて頑張っています。主はその息子さんをラザロのように生き返らせはされませんでした。しかし確かに主はその息子さんを通して主の栄光を表されたのです。

第3のポイント。感謝のささげものをすることです。イエスのされたことを1つひとつ細かな点をあげて感謝することが大事です。

ささげもののひとつは霊的な祝福です。今年も多くの年賀状をもらいました。そこには聖書の御言葉が多く書かれてあり、1つひとつの御言葉に力を受けました。

感謝の対象は霊的なものだけでなく、物質的なものにも眼を向けてください。

わたしの収入は決して多くはありませんが、満たされています。最もそのように思えるようになったのは最近のことで、昔はお金が足りない、給料が少ないと感じていました。

今でも年金、貯蓄だといっても何もない状態ですが、不思議なことに必要なことがちゃんと備えられている。住居にしても今の教会の2階に与えられ、あんなに静かな所はありません。

健康も感謝です。みなさんにもお祈りいただいている一麦教会の松原先生は昨年12月に一時危篤状態になり、病院に主要な関係者12人が集まりました。みんなが見守っている中、突然目を開いて「あなたたち、そこで何をしているの?」と言われました。その後少し回復したので、クリスマスの時に教会に泊まることもできました。松原先生はお見舞いに来た信徒1人ひとりに手を置いて祈られましたが、お見舞いに来た信徒は「こんなに祝福されたクリスマスはなかった!」と言って帰っていきました。

友人、学校、会社、家庭、すべてのことに感謝しましょう。大雑把な感謝でなく、詳しく述べることが大事です。

最後に過去の祝福も感謝しましょう。危険なとき、行き詰まったとき、主はわたしたちを導き続けてくださいました。信仰が弱っていたときに励ましてくれる兄弟を与えてくださったことも感謝です。

最後に詩篇100篇2節の聖句をもってメッセージを閉じられました~

喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。

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