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2007年11月18日 (日)

成熟を目指して~11/18日曜礼拝

20071118k 今日は日曜礼拝。東名古屋キリスト教会小池冨雄先生がメッセージをされました。テーマはクリスチャンの成熟でした。

聖句はガラテア4章19節

ああ、わたしの幼な子たちよ。あなたがたの内にキリストの形ができるまでは、わたしは、またもや、あなたがたのために産みの苦しみをする。

ガラテアの教会の人たちが初めてパウロに出会い、キリストを教えられたとき、彼らはパウロに限りない愛を注いでいました。しかし、それらの最初の愛から離れて、パウロが伝えたのとは異なる福音を信じ始めていました。パウロの悲しみはここにありました。

彼らがあなたがたに対して熱心なのは、善意からではない。むしろ、自分らに熱心にならせるために、あなたがたをわたしから引き離そうとしているのである。(19節)

聖書の中で熱心とは必ずしも正しいことではありません。

クリスチャンの目標はイエス・キリストです。

最近若い夫婦がわたしの家を訪ねてきました。最近購入して入ったマンションの隣人が大変な騒音を夜中に出しているとのことでした。深夜の3時から5時までうるさい音を出している。しかも重低音で響いてくるものだから大変迷惑なわけです。隣人には話しも出来ない状態だそうです。ひどい話です。

しかし、わたしは彼らに尋ねました。「あなたたちはこのマンションをお祈りして決めたんでしょ?」彼はそうだと言いました。「それならそれも主がお許しになっているのことだから、主に委ねていきなさい。」わたしのアドバイスはそれだけでした。

彼らは再び涙をもって「隣人も主が愛しておられる、あなたにすべて委ねます」とお祈りしました。するとその日からその音が少しずつ小さくなっていったそうです。

まだ問題は解決していません。しかし、わたしたちは主にそれぞれの場所に遣わされているものなのです。

エペソ3章17節で、パウロは「イエスさまが心の中に住んでおられる」と告白しています。「住んでいる」というギリシャ語は、ずっと住む、定住するという意味です。

パウロは教理でなく、体験として語っているのです。これは苦労したときに得ることができるものです。

エペソ3章16節には、「どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強くして下さるように」と語っています。

栄光とは見えません。それは太陽に色がないのとちょうど同じです。ものに当たることによって色が出るのです。神の栄光も同じです。神の見える栄光とは、愛、喜び、感謝、平安、親切です。

またパウロは、エペソ3章19節の中で、「人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように」祈っています。

わたしたちは幼子のままではいけません。いつまでもお粥だけを食べていては成長しないのです。キリストにある大人になることは大事なことです。成熟を目指して進むことが必要なのです。

キリスト者として成熟するとは、キリストの思いを知り、担い手となることです。その人の重荷を担ってあげること、痛みも理解してあげることです。

苦しみのサークルと喜びのサークルは別のものと思っている人が多いと思います。しかし、キリスト者にとってはこのサークルはお互い交わっているのです。交わっているところにわたしたちの共通点があるのです。

教会は自分の意思で来ていると思っているかも知れませんが、あなたがたは召されてここにいるのです。

神がわたしたちを召された目的は何でしょう?それは神さまがわたしたちと一緒に住んで下さるためです。

わたしが彼らのうちに住むために、彼らをエジプトの国から導き出した彼らの神、主であることを彼らは知るであろう。わたしは彼らの神、主である。(出29:46)

モーセがイスラエルの民を率いて、エジプトを出た理由は、「彼らの中に主が住む」ためだったのです。

わたしたちは主なる神を信じています。「主」とは「これしかない」という意味です。ヘブル語で主と訳されている「アドナイ」とは、もともとは「専門家」とか「すべてのものにまさる」という意味だそうです。

内村鑑三の墓標には「I for Japan, Japan for world, world for Christ」と書かれています。内村は、無教会主義という考えを広めましたが、そこで言いたかったのは、教会は建物でないよ、キリストの体なんだよ、ということでした。

わたしたちは、その実によってキリストの体を現していますか?

成熟したクリスチャンになるためには、キリストと共に苦しむことが必要なのです。堅い食物を食べて下さい。義務、責任、犠牲を通して御言葉の深みを知って下さい。

親は子を養い育てるものです。赤子は夜中だろうが、関係なく親を慕い求めます。親はこのために時間を使い、世話をするのです。ガラテヤの信徒にとってパウロは親でした。パウロにとってはガラテヤの信徒は霊の子でした。ガラテヤの信徒がキリストの姿に変られるのを見るまで忍耐をもって育てていったのです。そのためにパウロはもう一度産みの苦しみをすると語っているのです。

このような内容でした~

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コメント

ハレルヤハレルヤ♪喜びの賛美を口にすると心もハレルヤです昨日買ったCDで聞いて歌ってます

投稿: るか | 2007年11月23日 (金) 22時10分

るかさん、ハレルヤ!
自分自身で歌うとまた喜びが倍増してきますね~
家庭にイエスさまの愛が豊かに注がれますように!

投稿: Yoripin | 2007年11月26日 (月) 10時38分

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