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2007年11月 4日 (日)

主を喜ぶこと~11/4日曜礼拝

今日は日曜礼拝。メッセージは主任宣教師が取り次がれました。テーマは主を喜ぶこと。聖句はマタイ7章からでした。

その日には、多くの者が、わたしにむかって「主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか」と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、「あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ」。(マタイ7:22-23)

ウェストミンスター告白の中に、生きる意味について書かれている部分があります。それによれば、"know the God and enjoy the God forever." とあります。「神さまを知ること」は分かりやすいです。しかし「永遠に神さまを楽しむこと」が生きる目的であり意味であるとは、本質を突いた言葉だと思います。

愛、平安、自制、寛容、柔和などなどクリスチャンの特徴はいろいろありますが、わたしはその最大の特徴はその人に喜びがあるかどうかだと思います。クリスチャンにはいろいろ攻撃がありますが、勝利者はイエスさまであることを確信していれば、今いる場所がどのような状態であろうとも、この世とは異なる喜びで満たされるのです。

主がわたしたちに求めておられることは、主に自分の心を打ち明けて、主を信頼して、共に歩むことです。みなさんはどのような人が好きですか?自分に関心を持って心配してくれる人ではないでしょうか?同じ物を贈られるのにも「あなたはこの食べ物が好きでしたよね」と言われたら、嬉しくなるものです。主も同じだと思います。主は一体何をされると喜ぶのか、何をすると悲しむのか、わたしたちは聖書を読むことによってその情報を得ることができるのです。

信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。(使徒2:44-45)

ユダヤ人にとってイエスさまを信じることは「死」を意味しました。それはユダヤ社会での死です。今でもユダヤ人がクリスチャンになるとその家族の人は葬式を出します。使徒たちの時代もそうでした。それだからこそ、こうして、お互いの物を共有にして生活していたわけです。

人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである。(黙21:4)

黙示録にはクリスチャンの人生の結末が書いてあります。神さまが共に住んでくださり、そして永遠の命を与えてくださる。わたしたちにはこのようにすばらしい未来があるとの約束があります。神さまのすばらしい愛を伝える者としていきたいものです。

このような内容でした~

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