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2007年7月30日 (月)

軽井沢修養会 7/30 朝の礼拝

Karuizawa Union Church 修養会の2日目です。講師は同じ Lou Diaz 博士。説教の聖句は列王上19章からでした。

エリヤはバアルの預言者と華々しい戦いをした後、イゼベルのひと言で恐ろしくなって身を隠します。このようなことはわたしたちの宣教にもよくあることです。宣教の目的を失ってしまう。希望がなくなり、続けていく意思が失われてしまう。燃え尽き症候群のようなものです。「主よ、もはや、じゅうぶんです。」このようなエリヤのつぶやきを発することがあります。

ルカ10章の後半にはマルタとマリヤが対照的に記載されています。マルタは一生懸命主のために奉仕しているのにマリヤは何もしないで座って主の話を聞いているだけでした。このような中でマルタは自分からは言わないで主からマリヤに言ってもらおうとします。

わたしたちは忙しく奉仕することで主を礼拝していると誤解してしまうことがあります。モーセがホレブ山で40日不在にしていたとき、アロンが金の子牛をつくって「これがわたしたちをエジプトの地から連れ出した神だ」と言って人々に礼拝させたことが記載されています。この金の子牛は「忙しく奉仕すること」の象徴でもあります。

恐れ(fear)は、False Educate Appear Real(誤りの教理は真実に近い)の頭文字だと言われます。「忙しく奉仕すること」もその一つです。

大事なのはマリヤのように座って聞くだけでもマルタのように奉仕するだけでもありません。わたしたちは「座って聞き、奉仕すること」(service combined sitting)によって健全な信仰を持つことができるのです。

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